キーワード検索キーワードの入力による資料検索を行います。辞書検索(カテゴリ)検索キーワードが登録された辞書データです。地名・人名・出来事等のカテゴリをクリックすることで、検索に適したキーワードへナビゲートします。辞書検索(五十音順)検索キーワードが登録された辞書データです。五十音リンクをクリックすることで、検索に適したキーワードへナビゲートします。レファレンスコード検索レファレンスコードによる資料検索を行います。過去に閲覧した資料をもう一度閲覧したい時に便利です。他機関との横断検索アジア歴史資料センターのデータベース、国立公文書館のデータベース、および他機関の運営するアジア歴史資料等のデータベースについて、横断検索することができます。地名・人名・出来事事典から検索地名・人名・出来事から、資料を検索するためのキーワード(資料作成当時に使われていた用語)を調べ、検索結果の精度を上げます。TOP辞書検索(カテゴリ)階層から検索する階層から検索する所蔵資料を省庁別等に「資料群」としてまとめました。資料群 → 簿冊 → 件名の階層構造や概要が分かります。国立公文書館外務省外交史料館防衛省防衛研究所琉球大学附属図書館滋賀大学経済経営研究所北海道立図書館北海道立文書館神戸大学附属図書館大分大学経済学部教育研究支援室スタンフォード大学フーヴァー研究所日本貿易振興機構アジア経済研究所東洋文庫新聞通信調査会山口大学図書館辞書検索(用語詳細)一つ前に戻るこの辞書データを使ってアジ歴のデータベースを検索します。最高戦争指導会議さいこうせんそうしどうかいぎこのキーワードで検索解説戦争指導の根本方針を策定し、政略と戦略の調整を行うことを目的として設立された会議。従来は大本営政府連絡会議がその役割を果たしてきたものの、小磯国昭内閣成立後に国務と統帥の調整を強化し戦争指導の一元化を図るために、1944年8月4日大本営政府連絡会議で「最高戦争指導会議に関する件」の決定を受けて設立された。出席者は参謀総長・軍令部総長・内閣総理大臣・外務大臣・陸軍大臣・海軍大臣で、必要に応じて他の国務大臣や参謀次長・軍令部次長が列席し、幹事は内閣書記官長・陸海軍軍務局長が担当した。また重要な案件の審議には天皇が出席する御前会議の形式を取った。小磯内閣期に52回開催し、鈴木貫太郎内閣期にも頻繁に開催された(『機密戦争日誌』)ものの、実態としては大本営政府連絡会議とほとんど変わりはなかった。そのため鈴木内閣成立後に東郷茂徳外相の提案で、正規の構成員のみによる最高戦争指導会議構成員会議を開催するようになったが、それでも国務と統帥の調整強化は思うように達成することはできなかった。1945年8月9日ポツダム宣言受諾の御前会議などは、最高戦争指導会議の枠組で開催されたものである。1945年8月22日廃止。参考資料軍事史学会編『大本営陸軍部戦争指導班機密戦争日誌 上・下』(錦正社、1998年)。伊藤隆、武田知己編『重光葵 最高戦争指導会議記録・手記』(中央公論新社、2004年)。参謀本部所蔵『敗戦の記録』(原書房、1967年)。関口哲矢「鈴木貫太郎内閣期の国策決定をめぐる政治過程 最高戦争指導会議の運営を中心に」『日本歴史』第716号、2008年1月、141-157頁。「最高戦争指導会議ニ関スル件」C12120388000、全3画像。「最高戦争指導会議廃止ニ関スル件」A03010249700、1-2画像目。基本語(日本語)最高戦争指導会議基本語(英語)The Supreme War Council同義語superior conference on war guidance関連語御前会議大本営御前会議今後採ルヘキ戦争指導ノ大綱構成員会議最高戦争指導会議構成員会議指導会議懇談会小磯國昭世界情勢判断政戦両略の吻合調整戦争指導の根本方針の策定戦争指導大綱大本営東郷茂徳外相鈴木貫太郎上位カテゴリ戦時組織このページのURL https://www.jacar.archives.go.jp/das/term/00000092