キーワード検索キーワードの入力による資料検索を行います。辞書検索(カテゴリ)検索キーワードが登録された辞書データです。地名・人名・出来事等のカテゴリをクリックすることで、検索に適したキーワードへナビゲートします。辞書検索(五十音順)検索キーワードが登録された辞書データです。五十音リンクをクリックすることで、検索に適したキーワードへナビゲートします。レファレンスコード検索レファレンスコードによる資料検索を行います。過去に閲覧した資料をもう一度閲覧したい時に便利です。他機関との横断検索アジア歴史資料センターのデータベース、国立公文書館のデータベース、および他機関の運営するアジア歴史資料等のデータベースについて、横断検索することができます。地名・人名・出来事事典から検索地名・人名・出来事から、資料を検索するためのキーワード(資料作成当時に使われていた用語)を調べ、検索結果の精度を上げます。TOP辞書検索(カテゴリ)階層から検索する階層から検索する所蔵資料を省庁別等に「資料群」としてまとめました。資料群 → 簿冊 → 件名の階層構造や概要が分かります。国立公文書館外務省外交史料館防衛省防衛研究所琉球大学附属図書館滋賀大学経済経営研究所北海道立図書館北海道立文書館神戸大学附属図書館大分大学経済学部教育研究支援室スタンフォード大学フーヴァー研究所日本貿易振興機構アジア経済研究所東洋文庫新聞通信調査会山口大学図書館辞書検索(用語詳細)一つ前に戻るこの辞書データを使ってアジ歴のデータベースを検索します。関東都督かんとうととくこのキーワードで検索解説関東都督は、1906(明治39)年8月の関東都督府官制(勅令第196号)によって関東都督府とともに設置された。関東都督は、関東州の監督のみならず南満洲における鉄道・線路の保護及び取締、南満洲鉄道会社の業務の監視を担当した。関東都督は親任であり、陸軍大将または中将が任じられ、軍隊指揮権を持ち、外務大臣の監督を受けながら諸般の政務を統理した。都督は外交に関する事項まで行い、文官に対する懲戒権も持っており、その権力は広範かつ強いものだった。1910(明治43)年6月の都督府官制改正により、外交に関する事項を除き、都督の指揮権は外務大臣から総理大臣に移行した。しかし1913(大正2)年6月、反軍感情を背景に再び指揮権は外務大臣に再統合され、さらに1917(大正6)年7月、外交に関する事項を除く指揮権は総理大臣に戻された。1919(大正8)年4月の勅令第94号で関東都督府は廃止され、関東庁と関東軍を分立させ、関東庁の長官には文官が就任できるようになった。参考資料「日本法令索引」A03020966800, A01200130900, A03021101300, A03021183400柳生正文「関東都督府官制の改革と関東軍の独立――原敬内閣と対満洲行政機構改革問題」(『駒沢史学』第35号、1986年)基本語(日本語)関東都督基本語(英語)Governor-General of Kwantung関連語関東都督子爵大島義昌関東都督府関東都督府官制関東都督陸軍大将子爵大島義昌関東都督陸軍大將子爵大島義昌大島関東都督大島義昌上位カテゴリ満洲(行政機関)このページのURL https://www.jacar.archives.go.jp/das/term/00002052