- トップ
- 辞書検索[用語詳細]
辞書検索[用語詳細]
この辞書データを使ってアジ歴のデータベースを検索します。
岸信介
きしのぶすけ
キーワード「岸信介」で検索
- 解説
- 1896年11月生。山口県出身。1919年10月に高等試験行政科試験に合格。1920年7月に東京帝国大学法学部法律学科(独法)を卒業し、農商務省嘱託となる。同年9月農商務属・商務局勤務、1921年5月農商務事務官・商務局監理課勤務、1922年7月兼農商務参事官・大臣官房文書課勤務、1924年12月農商務省水産局勤務、1925年4月農商務省特許局事務官兼商工書記官・大臣官房文書課勤務、1926年2月農商務省商務局兼務、1929年4月農商務大臣官房文書課長代理、1930年6月農商務省臨時産業合理局事務官兼特許局事務官兼商工書記官・鉱務局勤務、1932年1月農商務省鉱務局工政課長、1933年12月農商務大臣官房文書課長、1935年4月商工省工務局長心得兼臨時産業合理局第二部長、同年5月商工省工務局長兼臨時産業合理局第一部長兼第二部長を歴任。1936年10月に依願免本官となり、同時に満洲国実業部総務司長に就任。1937年7月には満洲国産業部次長、1939年3月には満洲国国務院総務庁次長兼産業部次長を歴任した。1939年10月に帰国し商工次官となり、1941年10月より商工大臣に就任。1942年4月から1943年10月まで衆議院議員を務め、1943年10月に国務大臣となる。同年11月に軍需次官兼務となり、1944年7月に依願免本官。日本敗戦後の1945年9月に戦犯容疑者として横浜、次いで巣鴨拘置所に収監され、1948年12月に出所。1949年1月日東化学監査役、1950年3月東洋パルプ会長を務めた。1952年4月に公職追放が解除となり、1953年3月自由党に入党。同年4月から1979年9月まで衆議院議員、1954年11月日本民主党幹事長、1955年11月自由民主党幹事長を務め、1956年12月から1957年2月まで外務大臣、1957年2月から1960年7月まで内閣総理大臣を務め、その間、1957年2月から同年7月までは外務大臣を兼務した。1987年8月没。兄の岸市郎は海軍中将、弟の佐藤栄作は内閣総理大臣。
- 参考資料
- 秦郁彦編『日本近現代人物履歴事典』東京大学出版会、2002年、180-181頁。
- 基本語(日本語)
- 岸信介
- 基本語(英語)
- Kishi Nobusuke
- 同義語
- 岸内閣総理大臣/岸総理大臣/岸総理/岸首相/岸外務大臣/岸国務大臣/岸商工大臣/岸商工次官/岸次官/岸次長/岸幹事長
- 関連語
- 岸内閣/満洲国国務院実業部総務司長/満洲国産業部次長/満洲産業開発五箇年計画/商工次官/商工大臣/軍需次官
- 上位カテゴリ
- 政治家
- このページのURL
- https://www.jacar.archives.go.jp/das/term/00000072